「オフサイド・バックパッカーズ」

オフサイド・バックパッカーズ(15)

(5)

メモを頼りにSバーンを乗り継ぎ、たどり着いたイラン領事館は、知らずに行けば通りすぎてしまうような普通の住宅街の中にあった。とはいえ、民家とは少し違う風情のコンクリート造りの建物の自動ドアをくぐると、受付カウンター前では、大勢の人が順番待ちの時間をつぶしている。

ペルシャ語の表記の下に申し訳程度の小さな文字でVISAと書かれたカウンターの、自動発券機で受け取った順番待ちの番号札は二桁の数字で、しばらく待つことを覚悟してソファーに身を沈める。ペルシャ語の喧噪がほど良い刺激となり少し早く起きた分だけ眠気を誘ってきた。

少しうつらうつらする中で、手持ちの番号札の数字を呼ばれたのは、午前受付の最後のひとりというような時間帯、カウンター越しに「テヘランまで行きたいのだけど・・・」と、パスポートを手渡しながら職員に話しかける。

もちろん「明日のフライトで」といういささか無理な条件も付け加える。

いぶかしげに申請書類と見比べる視線は、髭におおわれてはいるが表情は意外に若い。畳みかけるように、「三日後の日本対イランの試合が見たい」「VISAが用意できれば飛行機のチケットは何とかなる」「サッカーの試合を見るだけ」と、いくつかの短いフレーズを伝える。

そして最後に「あなたもサッカーが好きでしょう」とクロージングの決め台詞。

すると、なかなか読み取る事の難しい、彫りの深い顔立ちの表情が、一瞬なごんだような柔らかさを見せて、「即日発給は出来ないのだけれど」と言った後、「午後一時までに入金を完了する事」と言ってVISA発給手数料の振り込み用紙を手渡してくれた。

振り込み用紙の下には、午後のVISA発給時間の案内と窓口の説明書きが重ねられており。何とかするからといった髭面の表情の奥には、こちらが思った以上に若い瞳が微笑んでいた。

001午後の窓口で、「2-1でイラン」という予想スコアと共に返却されたパスポートのVISAには、“即日発給但し有効日数三日”と手書きで書き込まれ、通常とは異なる手順で発給された痕跡もうかがい知れる。

ともあれ、試合翌朝のフライトでとんぼ帰りというテヘランへの旅程が現実となった。(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オフサイド・バックパッカーズ(14)

(4)

国旗とエアバスの模型の横に並ぶ、イスラム教の正月飾りディスプレーで、イラン航空のフランクフルト支店の所在はすぐに分かった。

123761808673516303551_nouruz3重いガラス戸を押し開いて支店の中に入ると、正面のカウンターの中で、いかにも手持無沙汰という感じで、書類の置く位置を、あれこれと試している男性社員がひとり。

イスラム美人のグランド・ホステスが応対という期待は、半ば休業に近い、支店窓口の雰囲気にあっさりと頓挫してしまったが、2ケ月に及んだ船旅で覚えた、中東地域共通の挨拶の言葉、「アッサラーム・アレイクム」と、カウンター越しに呼びかけてみる。

見知らぬ東洋人からの、イスラム伝統の挨拶に、少し戸惑ったようだが、男性社員が、「ワ・アレイクム・アッサラーム」と返してくれる。

だが、会話が続くのはここまで。イランで話されている言葉はペルシャ語であり、スエズ運河の寄港地ポートサイドで聞き覚えた、アラビア語とは、少々おもむきが異なっている。

もっとも、イランがペルシャ語文化圏なのだということも、朝になって目を通した、ガイドブックでようやく気付いた、と、いうようなあんばいだから、しかたがないと言えばしかたがない。

いつも通りの簡略な英語で、「テヘランまでのチケットをとって欲しい」と伝えると、「ご予定は?」と、ルーチンの応対への、「一人分、木曜日までに到着」というオーダーには、「満席!」と驚くほど早い反応で首を振った。

満席の理由を問うまでもなく、20年ほど前の日本の正月前と同じような、空席の多い、閑散とした事務所の出勤体制が、母国への里帰りの需要なのだと、答えている。

「キャンセル待ちも無理なのか」との問いにも、間髪を入れず首を振る。

どこかで読んだ旅行記の、満席の飛行機のキャビンアテンダント用ジャンプシートで無理やり搭乗したという話を思い浮かべながら、「どんな席でも良いから」と食い下がって、どうしてもテヘランへ行かなければならない理由を訴える。

そんなやりとりの、はずみで発した「フットボール」「アザディスタジアム」の単語に、間髪をいれず、「ワールドカップ最終予選か」と問いかえしてきた。

もちろん、大きく「ヤー!」とドイツ語で返すと、「イラン入国ビザは持っているのか」と問う。こちらには、「ナイン!」とハッキリ答え、今から総領事館で申請すると伝えた。

もちろん、そう容易にビザを得ることができないのは理解している。

たぶん、航空会社勤務なのだから、ビザ発給の事情も良く知っているのだろう。さきほど以上にハッキリと、「満席!!」と言い切った。そして、「午後5時までに、入国ビザを用意できたら何とかしてやる」と付け加えてくれた。

イスラム教の教義の中にも書き記された、年末年始の慈善活動とでもいうように、少しいたずらっぽく、遠めに放たれたスルーパスに、「追いついてみろ」とでもいうような提案を返してきた。(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オフサイド・バックパッカーズ(13)

(3)

思わぬ遠出から、ホテルに戻ったのは“7時半から9時”と定められた朝食時間の、終了15分ほど前だった。

あわてて食堂に駆け込むと、昨夜のフロントマンが、今朝は朝食の給仕係を務めている。やっと最後のお客が来たという感じで、卵の焼き方を尋ねてくる。「フライドエッグ、ターンオーバー」と短く告げ、セルフサービスのトーストとサラダをトレイに載せた。

コーヒーを入れようとカップを揃えに、配膳テーブルに向かうと、ここにもフロントのカウンターに置いてあるのと同じ体裁の中東風の陶器飾りが置いてある。

「フライドエッグ、ターンオーバー」と一言だけで、皿を置いていこうとした彼に、陶器飾りの意味を訊ねると。「イスラミック・ニューイヤー」の一言が返ってきた。重ねて「いつ?」との問いかけにも、「明後日」とこれまた短く。

イスラム正月という耳慣れない言葉。ふと思い出したのは、神戸出港の2日後、最初の寄港地の上海で遭遇した春節、俗に言うチャイニーズ・ニューイヤーの直前の喧騒だった。

赤い正月飾りで溢れた街中もそうだが、ことに上海站(鉄道駅)での、帰省の人々が切符を求めて駅構内で起居する様。街かどで拾い読みした中国語の新聞の、数日泊まり込むのもごくありふれた風景であると、読める漢字を読みつないで、やっとのことで翻訳してみた囲み記事の記憶だった。

《今年3度目の正月を迎えることになるのか》 と、独り言。

熱いコーヒーの冷めるのを待ち切れず、少し多めに注いだミルクでなんとか飲み干し、今日の予定を考えてみる。

まずはテヘランまでの航空券の予約、ビザの要否の確認、試合のチケットの入手方法、と思った事を、ガイドブックの余白に書き並べる。電話帳でイラン航空のフランクフルト支店を探しだし、イラン総領事館と日本領事官と共に住所を赤ボールペンで囲む。

イラン航空の支店はハウプトバーンホフ近く、日本領事館もカイザーシュトラッセを抜ければさほど距離は無いと安堵するものの、イラン総領事館はフランクフルト郊外の住宅街の中だと気付いて、朝の遠出を少し後悔した。

まずは駅前、そしてSバーンを乗り継いで郊外へ、何の確約も無い、しかし、忙しくなると思われる一日のスケジュールに、昼食の時間は無いものと覚悟を決めた。

《どうしたものかな》 と、目線を泳がしてみる。

窓際の配膳テーブルに残った数個のパン。くだんのフロントマン兼給仕係の彼に目配せすると、持っていけとでもいう風に視線を返す。

先の工事現場の男達と同様に、コーヒーをポットに詰め、サブザックにパンと見知らぬ種類のチーズ数かけらを放り込んで、動き始めたばかりの石造りの街に飛び出した。(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オフサイド・バックパッカーズ(12)

(2)

部屋に備え付けのシャワーは、順番待ちや時間を気にして使う必要はない。旅慣れた友人から教えてもらった、ゴルフボールとタオルを使った排水口をふさぐ小技で、肩までタップリとはいかないが、行水程度にはお湯を浴びることもできた。

ホテルのエアコンの乾燥した空気が苦手で、ベッドに潜り込むタイミングで暖房を切ってしまう。でも、まだまだ寒さの残るドイツでも、3か月ぶりに思う存分お湯を使ったおかげで、毛布越しの寒気を気にする事もなく熟睡、フランクフルトで迎えた朝は、自分でも意外に思うほど早起きだった。

宿泊代込みの朝食の時間には早いが、二度寝するほどの時間でもない。持て余した時間をホテル周辺の散歩でつぶそうと、早朝の街に出た。大通りの中央分離帯の停車場に、「スタジアム行き」と表示されたSバーン(路面電車)が停車している。あまり深く考えず、好奇心のままに飛び乗った。

石造りの町並みを抜けるのにさほど時間はかからなかった。病院前と表示の停車場を過ぎると木々があふれる公園にさしかかる。終着を告げるアナウンスに追い立てられるように電車を降りた。

朝の散歩というには不釣り合いな格好の男たちの列が、三々五々、集まる場所を申し合わせてあったのかように公園の奥へと続いている。これまた好奇心のまま、さもここが目的地であるかのように振る舞い、列に加わってみた。ドイツ語が主ではあったが、時折中東系の挨拶が交わされる。

男たちの列は、コンクリートむき出しの、改装途中のスタジアムへと続いていた。

始業時間前の工事現場の空気は、驚くほど友好的な雰囲気であった。所々で煙草の煙が上がり、カードで小博打といった風情。あるいは、ポットに詰めたコーヒーを酌み交わす。そんな人達の間を抜けて、スタジアムの中に入ってみる。

全周が屋根に覆われているスタジアムの、独特の威圧感に圧倒されるというより、工事資材が山積みされたバックスタンドの先に見える緑の芝生の存在感に驚かされる。このスタジアムでは、普通に試合開催を続けながら、観客席をワールドカップが要求する基準へと、改築を続けているようであった。

改築が完了したメインスタンドと南北のサイドスタンド、コンクリートや鉄骨むき出しのバックスタンド、そして、良く整備された緑の芝生。そんな対比が、近づきつつあるワールドカップの気配を象徴するようでもあった。

先程まで、スタジアムの外で仕事前の楽しみに興じていた男達が、ヘルメットをかぶって仕事支度、そろそろスタジアムの中に入ってくるという気配を感じ、部外者としては、速やかにスタジアムを後にするという判断に間違いはなかった。

ワールドカップの気配を手土産に、折り返しのSバーンを待って、ホテルへと戻った。(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オフサイド・バックパッカーズ(11)

第4章 イスラム正月-フランクフルト-

(1)

少し遅い時間の到着ではあったが、まだ喧騒の残る、フランクフルト・ハウプトバンホーフのプラットホームを、次の停車駅である、フランクフルト国際空港駅行きと思われる乗客の、大ぶりのスーツケースの間を縫うように駅舎に向かって歩く。

Eur38

旅情を感じる喧騒とは少し異なった、とは言え、学生時代に降り立った時と少しも変わらない、駅舎正面のカイザー・シュトラッセ(大通り)の猥雑な喧騒が飛び込んでくる。「あいもかわらず・・・」と呟きながら、駅前の広い歩道を右に折れ、人気の途絶えた通りへと向かう。

20年近い月日がたっているとはいえ、記憶に間違いがなければ、国際電話やインターネットで予約できるといった程の規模ではないが、比較的リーズナブルな価格で泊まれる、個人オーナーのホテルが並ぶ一画が、駅とはそう遠くない場所にある。

じっくり宿を探すには遅すぎる時間帯でもあったし、もともと選択肢が多いわけでもない。最初に目に入った、朝食付きで40ユーロとフロント前に掲げられた、トルコ系と思われる個人経営の小さなホテルを選んだのは、背中の荷物と、急に強さを増した眠気のせいではなく、船の生活で遠ざかっていた、シャワー付きの部屋という表示に惹かれたのかもしれない。

小振りなフロントのカウンターの3分の1を占領する、いかにも中東といった風情の陶器飾りを気にしつつ、差し出された宿帳に国籍とパスポートナンバーを書き込み、滞在予定日数の欄に「3日」と記入したものの、ボールペンで数字を塗りつぶし、明日にならないと分からないと、不確実な宿泊予定を告げた。(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オフサイド・バックパッカーズ(10)

(4)

試合の展開は、ピッチよりも、隣の席の白髪混じりの観客を見ていた方がハッキリ分かる。先制はしたものの、ホームゲームだというのに、いまひとつピリッとしないVfBシュトゥットガルトが、たびたび好機を逃す。

案の定、あと数分しのぎ切れば、勝ち点3を積み上げれるところで、SCフライブルクのカウンター攻撃がツボにはまって失点。その後も、攻めはするものの、ゴールがやけに遠い、小さいと、感じる時間帯を経て、引き分けという苦い結果を告げるホイッスルが鳴った。

試合終了の余韻もそこそこに、帰り支度を始める人の流れの中で、勝敗以上に、試合途中のかみ合わないサッカーに落胆、と、雰囲気を感じ取ったのは、聞き取れないはずのドイツ語の会話の中で、何故か聞き取れてしまうお馴染みのフレーズのせいなのかもしれない。

Sバーンを乗り継いで、シュトゥットガルトのハウプトバーンホフにたどり着く頃には、春とはいっても、まだ日の短いドイツ中南部地方の空は薄暗くなっていた。

チケット売り場脇の階段を下りたキオスクで、スタジアムで食べ損ねたソーセージを駅弁代わりに買い込み、コインロッカーから、ひしゃげたザックを引っ張り出すと、ホームに入線してきた、フランクフルト行きのインターシティの客車に向かって歩き始めた。

ふと見上げた、列車の行き先掲示板の始発地ミュンヘンの表示に、朝に出会ったカールスルーエのサポーター達、帰りのローカル列車の中でもビールを楽しめていれば良いな、と思った。(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オフサイド・バックパッカーズ(9)

(3)

スロープ状の展示施設を巡るベンツ・ミュージアムは、思った以上に歩くことになった。展示してある車両も、日本の皇室御用達のリムジンや、映画スターの愛車などで、とても興味深い。試合開始前の暇潰しの駆け足で巡るには惜しい気もしたが、ここは、ブンデスリーグの試合への興味の方が勝った、と、いうことで早々に切り上げる。

964

先程は、閑散とした通りのアスファルトが目についたのだが、わずかの間に一転、スタジアム前の人混みを、騎馬警官が慣れた手順で捌いている。

クラブハウスの前のオープンカフェでは、まだまだ席を立つには早すぎるといった風情で、ジョッキを傾けつつ、ユース辺りと思われる年代の練習風景を眺めたり、今日の試合展開を予想といった雑談中の年季の入った人達を横目に、さっきはまだ無かった、ニットのクラブカラーのマフラーを広げた露店を覗き見ながらスタジアムに向かった。

監獄といった方が適当な表現の、狭い入り口でチケットをもぎってもらい、指定のエリアの示す、赤い矢印に沿ってコンクリートの階段を登ると、急傾斜のスタンド席と緑の芝生が、これぞ本場のフットボールスタジアムという雰囲気と共に、視界いっぱいに飛び込んでくる。

少し興奮が収まるのを待ち、割り当てられたシート番号を探し出すと、スタジアム全体を俯瞰で見渡すというより、ホームチームの応援の波に飲み込まれるといった位置取りの席。確かに良席ではあるが、初見の外国人観客には少しツライ席でもある。

熱烈なサポーターといった人達の隣で、何もしないで観るというのも考えもの、と、スタジアムの売店で赤色のマフラーを買い込み、急いで席へと戻った。

正規品を示すフォログラムシールを貼ったマフラーは、外の露店のバッタものより、ビール2杯分ほど高価であった。

_264_2 「少し手順を間違えたかな…」と後悔しつつ、スタジアムの楽しみと期待していた、本場ドイツのソーセージを諦め、潰れるのを惜しんで、サブザックに詰め替えておいたフランス産のバケットを、ビールで胃袋に流し込んだ。(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オフサイド・バックパッカーズ(8)

(2)

シュトゥットガルトのハウプトバーンホフは、ヨーロッパでよく見られるスイッチバック方式の駅。「終着駅」方式というか、列車の先頭が駅舎の中に突き刺さるような形で停車する。

停車駅ごとに進行方向が変わるという効率の悪さから、あちこちで「終着駅」方式の駅舎改修工事が進められている、という噂を、ずいぶんと長い距離、プラットホームを歩く羽目になって、ふと思い出した。

角ばった石造りの駅舎の、キオスク横のコインロッカーに、少しばかり無理をしてザックを押し込む。もっとも中身の方は、多少ひしゃげたとしても何ともない、ガラクタばかりなのだが、3分の2ほど残したバケットが、潰れてしまう事だけが惜しかった。

駅の観光案内所で市内地図を分けてもらい、案内係に書いてもらった、Sバーン(路面電車)の路線番号表示を追いかけながら、駅舎を出る。

0jbxjaxarz58a0

「シュトゥットガルトはベンツの街なんだ」と、駅舎屋上に据え付けられた、巨大なスリーポインテッドスター(ベンツ社のエンブレム)を見上げてつぶやいた。

というより、試合が行われるスタジアム自体が、ベンツ創業者のゴットリーブ・ダイムラーの名前を冠しているだけでなく、立地からしてダイムラー・ベンツ社の本社工場の隣なのである。

平日であれば、多くのベンツ工場の工員達を運ぶと思われる、Sバーンを乗り継いでスタジアムへと向かう。試合開始までまだ時間があるとはいっても、当日券の有無も判らない状況だけに、早めに到着しておくにこしたことは無い。

ということで、少しばかり早く着きすぎたスタジアムの周りは人気もなく、準備中の露店や、緑色の警察車両をたどって、ようやくチケット売り場にたどり着いた。ロープを潜って、まだ一人しか係員の姿が見えない、チケットカウンターのガラスを軽く叩いた。

「今日の試合、当日券は残っているのかな」との問いに、早すぎる来場客に少し驚いたような表情を見せながらも、手元のチケットを引き出しにしまいこみながら、「並びの席ならもう無い」という答え。

「バックスタンド、ホーム側、コーナー近くを1枚」と条件を告げると、1枚のチケットを引っぱりだし、「良い席だよ」とにこやかに差し出してきた。

思いのほか簡単にチケットは手に入った。試合開始までの時間を、ベンツ・ミュージアムでつぶそうと、本社工場正門の構内バスの乗り場に向かった。(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オフサイド・バックパッカーズ(7)

第3章 シュトゥットガルト

(1)

あわてて駆け込んだインターシティの自動ドアが閉まる。動き始めた列車の窓越しに、カールスルーエのサポーター達が、ローカル電車の窓から身を乗り出して、ひとことふたこと言葉を交わしただけの旅行者に、精一杯手を振る姿が見えた。

「こりゃ、見るべき試合を間違えたかな」

彼らと合流して、ビール瓶を飲み倒しながらのミュンヘン行きは楽しそうだし、ツヴァィテリーガとはいっても、古豪のカールスルーエと1860ミュンヘンの試合だけに興味深かったし、なにより、ワールドカップの舞台となる、最新のサッカー専用スタジアムとして完成したばかりの、アリアンツ・アレーナでの試合というのに心ひかれる。

とはいっても、明日の朝にはフランクフルトでの、イランのビザ取得や航空券の手配という日程を考えると、ミュンヘンまで出向くというのは少しばかり遠すぎた。インターシティで結ばれているとはいっても、東京と大阪との位置関係に近い450キロ余りの距離がある。

ミュンヘンへの来訪は、2006年のワールドカップまで見合わせ、まずはシュトッゥトガルトでの試合を楽しむ事ができれば良い、と、思い直すことにした。

インターシティは、先ほどまでの開けた田園風景とは違い、シュヴァルツヴァルト(黒い森)の森林地帯末端部を縫うように走る。さほどの時間を経ずして、いくつかの小さな街と、数えるにも少なすぎる、少し大ぶりの街を抜け、再び田園地帯にさしかかると、シュトッゥトガルトのハウプトバーンホフへの到着案内の車内放送が流れた。(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オフサイド・バックパッカーズ(6)

(3)

目的地が決まれば話は早い。当初の予定通り、オッフェンブルグのハウプトバーンホフ(中央駅)で、フランクフルト行きのインターシティ(都市間特急)に乗り換える。分岐駅のカールスルーエで途中下車、時刻表どおりに、ミュンヘン行きのインターシティに乗り継げれば、2時間ほどでシュトゥットガルトに着くはずだ。

ローカル電車の固いシートとは雲泥の差、上級列車の必要以上に柔らかく体を包み込むシートが、乗り継ぎ駅を忘れさせようと睡魔を運んでくる。

「やっぱり、久々の夜行列車はきつかったかな」

睡魔をなだめる為、早々と、ビュッフェに席を移すことになった。窓辺の座席に腰掛け、ガラス越しの田園風景を眺めながら、エスプレッソコーヒーをすする。

船旅での、時速20ノットという景色の流れと、ドイツ鉄道自慢の高速車両から眺める景色の、スピード感覚のギャップが、船を下りたと実感させ、最高時速が300キロ近い、とはいっても、最新テクノロジーの制振装置のおかげで、船ほども揺れないというのが、かえって奇妙な感覚でもあった。

程なく、インターシティはカールスルーエのプラットホームに滑り込んだ。次のインターシティとの5分ほどの乗り継ぎ時間を、ベンチに腰掛け、ミュンヘン行きの到着を待つ。

長距離路線専用乗り場の向かい側には、ローカル電車の車両が、乗り継ぎ待ちで停車中だった。

カールスルーエまで運んでくれたインターシティがホームを離れ、プラットホームに静寂が戻る。と、2等車両の中からの、男達の歌声がハッキリと聞き取れる。

朗々たる歌声だけではなく、ところどころで合いの手が加わる、世界中のサッカースタジアムでよく耳にするメロディと、揃いのユニフォームは、サッカーのサポーター集団のようであった。

昼前というにも、2時間以上は早い時間ではあるが、もうすでにビールの2、3本は空けてしまった、と、いう雰囲気の歌声の主に、ドイツ語と英語を交え、窓越しに声をかけてみる。

「これからサッカー観戦ですか」

「ああ、ミュンヘンの奴らに、仕返しさ」

どうやら、ドイツの2部リーグ、ツヴァイテリーガ所属のカールスルーエのサポーター達が、1860(アハツェーン ゼヒツィヒ)ミュンヘンとのアウェイゲームの応援に駆け付けるようだった。

「結構遠いけど、インターシティで行かないのですか」

「そんな金があるなら、ビールを買うさ」

どうやら、ローカル電車を乗り継ぐ、というより、ビール瓶を飲み倒しながら、敵地のミュンヘンに向かうという算段のようである。

「ミュンヘンとカールスルーエどっちが勝つ」

「そりゃ、俺達のチームに決まっているさ」

車内からの大きな歌声が、会話を遮った頃合いを見はかるかのように、ミュンヘン行きのインターシティがプラットホームに滑り込んできた。

「カールスルーエ!」と、よくある万国共通のコールと手拍子を彼らに投げかけ。閉まりかけたインターシティの扉の中に駆け込んだ。(つづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)