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オフサイド・バックパッカーズ(2)

(2)

船を下りたのは、しかしその日もだいぶ遅くなってからだった。初春のヨーロッパには不似合いな荷物、南国風の衣類などを送り返すのは、思いのほか手間がかかった。なかなか通じないフランス語にもイライラしながら、国際小包を引き渡したのは船が岸壁から離れる15分ほど前だった。別れの挨拶もそこそこに、小ぶりのバックパックを肩に掛け、馴染みのフィリピン人水夫の先導でタラップを下りる。

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殺風景な貨物専用埠頭とはいえ、3ヶ月近く起居した船を岸壁から見送るのも門出としては悪くはない。舷側のプロムナードデッキからオーストラリア人の海洋学者が軽く指を立てて私に合図する。

互いに詮索するほどの語学力があるわけでもない、例のデッキチェアーの仲間だが、船に近づいては離れていくイルカについて、あれこれレクチャーする姿に誰がともなく言いだしたあだ名である。

私は海洋学者が投げた黄色の紙テープをうけとり、汽笛の吹き鳴らして出港する船に向かってつぶやいた。

「まもなくキックオフ」

海洋学者との賭けの始まりは些細な意地の張り合いだった。

暗誦するほど読み込んだグラビア雑誌だが、いつくるともしれないイルカより船旅の暇潰しには現実的と、コーチンの港で手に入れたバックパックに詰め込むには重過ぎる安物陶器のビアマグといっしょに、はす向かいのベッドでうたた寝する海洋学者に差し出した。

「6日後のサッカー試合が気になるから、船を下りてテヘランへ行く」

唐突な別れのあいさつに、信じられないといったジェスチャーを返したあと、朝食中にイルカがコーヒーカップに飛び込んでくるに等しい確率だと学者っぽい物言いで無計画さを笑う。

私は、オーストラリアだってオセアニア地区代表として出場が確約されたドイツ大会予選と違い、次の南アフリカ大会になったらアジア地区所属になる。アジアの予選はそうは甘くないぞ、と大きな身振りを交えての反論する。冗談めかしたやりとりの後、試合の日にテヘランのスタジアムに立っていたなら、来年の6月、このビアマグでワールドカップスタジアムのビールを好きなだけおごる、という海洋学者との再会の申し出を受けることにした。

埠頭を離れた船とを繋いだ紙テープが、距離と時間のテンションに耐え切れずにプツリと切れたのが、試合開始の笛となった。   (つづく)

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